マイケルチェーホフテクニック図表と用語

 演技をする際に用いられる専門用語は様々あり、またマイケルチェーホフテクニックにおいても独特な専門的な用語が多くあります。そのテクニックの用語の中には、「役作り」や「目的」といった一般的な演劇用語から使われている場合もありますが、「楽の感覚」や「心理的身振り」などチェーホフ自身が作った語句も多くあります。そういったチェーホフテクニックの専門用語を調べられるようにするため今回の記事を書きました。

 また翻訳する際に、どうしても言葉の持つニュアンスが違ってきてしまいます。その点はぜひご指摘いただき今後の改善点をしていきたいと考えております。

 

 

 俳優は演技をする際ひらめいた状態(インスパイアされた状態)になっていたいものですが、しかしインスピレーション自体を操作することはできません。M. チェーホフは「インスピレーションを操作することはできない。それはとても気まぐれなものである。だからこそ俳優は頼みの綱となる、信頼できるテクニックを持っているべきなんだ。」と言っています。

 

 上の図はマイケル・チェーホフが書いた「演技術について(仮)“On the Technique of Acting”」に描かれている、チェーホフテクニックの概要を表した図表です。中核にはインスピレーションを得た俳優(インスパイアアクター)配置され、円の周りに様々なテクニックがあります

 

 周りにあるどれか一つのテクニックを使うことで、俳優はインスピレーションを得ることができるのです。またテクニックと俳優の関係は、一方通行ではなく双方向であり、一つテクニックが使うことで他の要素もおのずと見えてくるようになります。例えば、「役作り」を徹底して行うことで、次第にその役の持つ「目的」や「雰囲気」などが見えてくるのです。

 チェーホフは周りの一つ一つのテクニックの要素は電球と例え、一つが点灯すれば他の電球もおのずと点灯すると言っています。

 

 

役作り・キャラクターライゼーション〈想像的身体(イマジナリィボディ)核(センター)〉

 

自分の体つきとは違った特徴を持つ役を作るには、想像的身体(イマジナリィボディ)が見えるようにならなければならない。想像的身体(イマジナリィボディ)は役が持っているが、役者はそれを身に付けなければならない。何度も繰り返し稽古をして、俳優は身長や体型が変化しているかのようにみせ、身体的に役柄へと変身することができるのである。それと同様に、どのキャラクターにも核(センター)がある。これは役の動きをもたらす衝動の源となる、体の内外側にある想像上の場所である。この核(センター)から衝動がすべての動きの始まりとなり、体を前後に動かしたり、座ったり、歩いたり、立ったりなどするのである。例えば、プライドが高いキャラクターはあごや喉に核(センター)があり、好奇心旺盛なキャラクターであれば、鼻先にあったりする。そして核(センター)には形や大きさ、色や濃さがある。ある役には核(センター)が二つ以上ある場合もある。登場人物の核(センター)を見つけることは、役の性格や容姿の理解につながるのである。

 

構成

 

自然や芸術には、形成したり均衡を保ったりする数学的法則や原則が存在する。この構成にたいする感覚によって骨組みが作られ、思考、会話、動き、色、形、音での表現の印象や出来事が押し並べて同じになってしまうことを防いでくれる。構成に対してのこういった感覚は芸術家や観客を創造的な空間や理解に導いてくれる。

 

心理的身振り(サイコロジカルジェスチャー)

 

これはキャラクターの心理や目的を具体化した動きである。体全身を使い、最高度にまで高められたエネルギーも持って行うことで、キャラクターの根幹や台本で求められる雰囲気に身につけることができる。

 

※サイコロジカルジェスチャー(Psychological Gesture)の“psychological”は「心に影響をあたえたり、呼び起こしたりするもの / 心に関係するもの」である。“Gesture”は「体を使った動き」を意味する。

 

芝居様式(スタイル)に対しての感覚

 

舞台上の全ての出来事が創造されたものである。「芝居様式に対しての感覚」を持つ役者は「現実」の表面的な感覚を追い求めるより、シナリオや場面にある、芝居の特別な本質を掴むことに励むのである。悲劇、喜劇、笑劇、ドラマ、メロドラマ、道化芝居は様式化された分野であり流儀がある、そしてそれに応じた特化した経験が必要とされる。

 

正直である感覚

 

これは自分かオープンになれるかどうか、つまり演技しているときに正直である感覚に敏感さを培えるかどうかということである。正直であることには様々な側面がある。

 

⑴個人的または心理的な正直さ。動きや話し方が、心理的にも一致している。

 

⑵台本に描かれている状況設定に合っている。

 

⑶歴史に対しての正直さ。歴史劇を行うとき、その当時の様式への感覚を無視しないこと。そしてその話が起こっている国の様式も理解すること。

 

⑷芝居様式(スタイル)に対しての正直さ。悲劇、喜劇、笑劇、ドラマなどの芝居形式を体験してみるということ。またブレヒト的なもの、シェークスピア的なものといった演劇のカテゴリーに加えて、その他の形式の違いも体験し学ぶこと。

 

⑸キャラクターに正直であること。これはキャラクターによって異なってくるが、キャラクター自身が要求してくるので、役者は求められたものに対して受け止められる準備をしておくのである。

 

⑹関係性に正直であること。あるキャラクターが他のキャラクターに対しての微妙な違いや振る舞いで表される。

 

楽の感覚(フィーリング オブ イーズ)

 

これはスタニスラフスキーのリラックスする方法のより内容が豊かな代替手段である。この指示をだすことで、楽の感覚は役者に直接的な感覚や直感的なイメージをもたらし、指示を理解しよう考え過ぎる思考過程を避けることができる。例えば、役者に「リラックスして。」というより、「『楽の感覚』をもって座って。」ということができる。次の指示のために立ち止まり考えることなしで、俳優は素早く初めの指示を行動に移すことができる。

 

形の感覚(フィーリング オブ フォーム)

 

役者は空間の中での自分の動きと同じく、自分の姿や形にも敏感でなければならない。振付家や彫刻家のように、役者は自らの体の形を作っていく。役者が自分の姿や彫刻で作られるような動きへの意識を呼び起こすことができれば、より効果的な方法で身体に影響を与える能力を高めることができる。この特別な意識を「形の感」と呼ぶ。

 

美の感覚(フィーリング オブ ビューティ)

 

美の源泉や調和のとれた世界観が、どの芸術家のうちにも深く隠されている。生命のうちにある美に気が付くことが、俳優にとってはまず第一歩である。そして役者は、自分の表現、動き、役作り(それが醜い役でも)に、美を行き渡らせるのである。美は、偉大な芸術作品だと判別する、際立たったの特徴一つである。

 

全体の感覚(フィーリング オブ ホール)

 

芸術作品には完成形がなければならない。つまりそれには、始まり、中間、終わりがある。舞台や映像の全ては、感情に訴えかける作品の総合的な意図を伝えるべきなのである。全体の感覚は観客によって感じられ、そして俳優にとっては手に入れるべき資質とならなければならない。また全体の感覚は作品全体、シーン、一つのモノローグにも使うことができる。

 

質(クオリティ)〈感覚(センセーション)と感情(フィーリング)〉

 

 感情を操作することはできない、引き出すことができるだけだ。「感情(フィーリング)」を引き出す方法は「質(クオリティ)」と「感覚(センセーション)」だけである。質はすぐに自らに、とりわけ動きに、影響を与えやすい。自分が優しさ、喜び、怒りというような感情を抱いてなくても、優しさ、喜び、怒り、疑い、悲しみ、焦燥などといった質とともに手足を動かすことができる。そのうちの一つの質を取り入れて動くことで、すぐに自分が優しい「感覚」を抱いているのが感じ取れるだろう。そうしてすぐに自分のうちに優しい「感情」や本当の気持ちが呼び起こされるのだ。

 

・sensation:A physical perception resulting from something that happens to or comes into contact with the body. (参考文献:oxford dictionaries)は「体に起ったり、接触したりする何かによってもたらされる身体的知覚」を「感覚」とした。

・feeling:An emotional state or reaction(参考文献:oxford dictionaries)は「感情的な状態や反応」を「感情」とした。

・quality: A distinctive attribute or characteristic possessed by someone or something. (参考文献:oxford dictionaries)「何か、誰かに有される顕著な性質や属性」を「質」とした。

 

精神的・身体的エクササイズ(サイコフィジカルエクササイズ)

 

人間の心と体は切っても切り離せないものである。俳優のためのワークにおいて、完全に精神的だけ、身体的だけのものはない。役者の身体は、心にいつでも影響を受けるようにしておかなければならず、また逆も然りであり。その理由で全ての俳優のエクササイズは、精神的かつ身体的でなければならず、機械的に行ってはならない。

 

※サイコ(psycho-)は「精神、霊魂」を表し、フィジカル(physical-)は「身体、肉体」を表す。

 

想像力(イマジネーション)

 

ほぼすべての演技は、舞台や映像において、台本に描かれた話の迫力を想像し再構する能力のおかげなのである。俳優が自らの想像力にもっと刺激を与え鍛えることができれば、生きていることが想像でき、キャラクターの持つ深みや、俳優が意味を伝える力がより強固になってくる。

 

放つ(レーディエイティング )& 受ける(レシービング)

 

放つ(レーディエイティング)とは、自分が望むクオリティ、感情、考えといった目では見られない要素を放つ能力である。レーディエイティングは「意志」の活動である。登場する前から舞台やセットに向けてキャラクターの存在感を放つことができる。舞台や映像でカリスマと言われる俳優たちには、自分で培った目に見えない威光にあたるものがある。あるものはそれを自然と獲得できるが、またあるものはレーディエイティングを長い時間をかけて学ぶ。

受ける(レシービィング)はレーディエイティングと同様に強力な効果を持つものである。しかしクオリティ、考え、感情を「放つ」代わりに、他のキャラクター、アトモスフェアを観客や全てから「引き出す」のである。俳優はレーディエイティングと同様に全力でこの能力を伸ばさなければならない。自分のキャラクターが「レーディエイティングな役」(積極的な役)または「レシービングな役」(受動的な役)なのかを知ることは役者にとって価値のあることである。念頭に入れていておきたいことは、レーディエイティングなキャラクターもあるでは受け身になり、またその逆もあるということである。

 

 

※radiate 「(波状または線状で)光を放つ」「放射する」という意味

 receive 「~を受け取る」という意味

 

即興(インプロビゼーション)と「宝石」

 

準備段で即興を使うことに加えて、チェーホフは稽古の最終段階においても、即興をすることはとても有益であると言っている。役作りやセリフ・動きの流れ・感情的になる箇所をしっかり覚えるといった骨格が作られたら、もう一度即興を行ってみます。自分のキャラクターのサブテキスト(役が本当に思っていること)を言わせるように、セリフを自分なりに言い換えたり、セリフを完全に無視したりするのです。いつもと違ったしぐさ、やったことなかったような動きで、キャラクターが「どのように」その動きを行うのか細心の注意を払ってみるのです。シーンが展開しているとき、キャラクターが気にしていること、見たり、聞いたり、注意を払っていることに注目するのです。考え出されたアクティビティを稽古で行うことで、役者や観客を楽しませ、記憶にも残るような唯一無二のニュアンスや輝くような一瞬を、演技の中の「宝石」をより容易に練磨することができる。

 

集団(アンサンブル)

 

演劇は集団芸術である。そのような芸術で、稽古で作品が制作される過程は、本番の芝居でもはっきり見て取れるのである。役者たちが芸術的にオープンになり呼吸を合わせるとき、芸術家と観客とっての総合的な劇場での体験を高められる。場の空気はより引き締まり、役同士の結びつきも強くなり、そしてより明確になっていく。また役者の「タイミング」やシーンのリズムはより滑らかに生き生きしてくるようになる。アンサンブルの感覚により、役者は芸術的な統制を表現でき、人間の精神の力を伝えさせてくれる。

 

焦点

 

シーンで起こる全てのことが同じように重要ではない。一般的には演出家が「焦点」(観客に集中してみてもらいたいもの)、そして俳優もまた台本の重要な瞬間を把握しているべきである。役者は自分の役にとって、どの瞬間が最も重要なのか知っておかなければならない。どのようにして役者が観客の視点をその瞬間に向けさせるかが、真に想像的な作業になるのである。役者は、言い回しばかりを強調したり頼ってばかりではなく、ちょっとした動きを誇張(またはレーディエーション)したり、眉毛を上げたりするかもしれない。間を置いたり、唐突に肩をすくめたりすることも焦点を作り出し、自分が伝えたいと思っていたことに観客の注目を集めることができるかもしれないのである。

 

目的(オブジェクティブ)

 

これは役の意図や、役が追い求める先にある目標である。どのキャラクターにも目的(オブジェクティブ)や超目的(スーパーオブジェクティブ)というものがある。例えば超目的は「私は人類のために役に立ちたい」というものになりうるし、その場合の目的は「特にこの人たちの平和を守りたい」となるかもしれない。理想的には、全てのオブジェクティブはそして行動は「動きのある」動詞をつかって、「私は~をしたい」になるべきである。

 

雰囲気(アトモスフェア)

 

雰囲気(アトモスフェア)は周囲の状況を満し、人から発せられる、霧、水、闇、喧噪というような感覚を伴う媒体である。舞台上での、アトモスフェアが持つの緊張高まるムードは劇場を満たし、アトモスフェアの目には見えないうねりは役者によって吸収され、観客に波及していきながら、パフォーマーや観客に無意識のうちに影響を与える。目には見えないが、アトモスフェアは強く感ぜられることができ舞台上のやり取りの重要な手段である。ゴシック様式の聖堂、病院、葬儀の雰囲気は、その場に入った人に影響を与える。その人はアトモスフェアに包まれるのである。そしてまた人もまた緊張感、憎しみ、愛、恐怖、愚かさなど自分個人のアトモスフェアを醸し出すことができる。作品や演出家がシーンのアトモスフェアを提案し、役者が一緒になって作り出し、それを保持する。役者もアトモスフェアにまた影響を与えるのである。

 

※atmosphereは「空間、状況、芸術作品に漂うトーンやムード」「空気感・雰囲気」という意味である。

 

参考文献

 

・On the Technique of Acting. Written by Michael Chekhov. Edited by Mel Gordon. New York: HarperCollins, 1991.